厚木の大名 <N022>

蛇 姫 様         飯田 孝

東映映画「蛇姫様」パンフレット(飯田孝蔵)右が高千穂ひづる(蛇姫)左は東千代之助(千太郎)   『蛇姫様』は、昭和14年(1739)10月から同15年7月まで、「東京日日新聞」に連載された川口松太郎の新聞小説である。
物語の舞台は野州(栃木県)烏山藩三万石の城下。烏山藩三万石のうち、一万石は相模国内に領地があった。烏山藩は厚木村(厚木市)に陣屋=厚木役所を置いて相州領の支配にあたっていた。
小説の題名となった「蛇姫様」は、烏山藩三万石の城主、大久保佐渡守の息女琴姫のことである。
どこからともあらわれる、全身が真っ黒なからす蛇が、家老佐伯左衛門一派の悪事を記した密書の入る文箱にからみつき、その文箱を守って殺されたおすがの死を、琴姫の褥(しとね)の枕もとに丸くうずくまってそれとなく知らせるのである。
猛毒のあるからす蛇は、猟師でさえもきらう。そのからす蛇が、天性寺で薄茶を飲もうとする琴姫の手くびにからみつき、琴姫は思わず茶碗を取り落す。天性寺は、おすがのなきがらが埋葬してある寺であった。琴姫の頭をよぎったのは、「薄茶の内に毒薬でも混じあったのを、おすがの霊がそれを知らせにまいったのか?」という不吉な予感であった。

琴姫が命をねらわれるのは、烏山藩国家老佐伯左衛門が、藩の財政建て直しに密かに命じられた、幕府御禁制の浮世絵五彩陶器の外国貿易に味をしめ、姫の制止も聞かずに長崎奉行と結託し、私腹をこやすばかりか、お家乗っ取りの策略をめぐらせていたからであった。佐伯左衛門の奸計を知った琴姫は、お側につかえるおすがに密書を持たせた。城下の料理茶屋ひのき屋で、姫のたよりを待ちわびるのは植原一刀斎。一刀斎は、「相模の鷹」といわれる剣の達人であった。しかし、おすがは、佐伯左衛門の息子兄弟の手にかかって殺害されてしまうのである。
物語は、おすがの兄ひのき屋の千太郎と、千太郎を恋する旅役者一座のお島を軸に、烏山から江戸へ、そして再び烏山城下へと展開する。
しかし、やがて悪事は露見。植原一刀斎と千太郎は、おすがを殺した佐伯兄弟を討った。烏山城下三斗蒔山(さんどまきやま)で焼いた五彩陶器も公儀役人の手にわたらずにすみ、佐伯左衛門は切腹して果てるのである。
「姫君。ご覧くださりませ」
「蛇が!」
「からす蛇がッ!」
「左衛門殿にまきついておりまする」
「まきついたまま切られておりまする」
くつろげた左衛門の腹に、細い小さいからす蛇が、不気味にまきついて二つに切られて、執念深くはなれなかった。切腹の小刀で同じに切られて死んだのであろう。
「すが!」
姫だけが口の内で、
「安んじて瞑目してくだされい」
『蛇姫様』は、大河内伝次郎・長谷川一夫・入江たか子らが出演して映画化され、東映作品では琴姫を高千穂ひづる・千太郎を東千代之助が演じている。またラジオ東京による連続放送は、野州烏山の名を全国に知らしめることになったという。
梅雨くらく蛇姫様の
来る夜かな
 烏山にある川口松太郎の句碑である。       

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