厚木の大名 <N030>

荻野山中藩歴代藩主墓所・教学院   山田不二郎

荻野山中藩歴代藩主墓石(世田谷区・教学院)
 小田原藩主大久保忠朝の二男に生れた教寛(のりひろ)は宝永3年(1706)、江戸城西の丸の若年寄に任ぜられ、併せて五千石を加増されたことにより、一万一千石を領する大名に出世した。五代藩主教翅(のりのぶ)の時に駿河国松長村(現沼津市)から相模国中荻野村(現厚木市下荻野)に居所を移し、ここに荻野山中藩が誕生した。
藩祖大久保教寛は元文3年(1737)、八十一歳で亡くなり、父君忠朝が葬られている青山南町(現青山三丁目)の天台宗教学院に葬られた。

 以後、この教学院は荻野山中藩歴代藩主の墓所となった。現在の教学院は東急新玉川線三軒茶屋駅に程近い、東京都世田谷区太子堂四丁目の閑静な住宅街の中にある。教学院は太政官布達により、明治42年(1909)年から44年にかけて青山南町から現地に移転したのであった。
 境内に入って右側が墓地であり、西側のうっそうとした木々に囲まれた一角が大久保三家の墓所である。三家とは、小田原藩と荻野山中藩、そして本シリーズ12で述べた下野国烏山藩藩主の大久保家である。
西側にある住宅地との境に接するところが細長い一区の墓所となっている。三家の墓所全体の約三分の一を占めるであろうこの区画には、38基の墓石がある。そして、左手になる南西側には、住宅を背にしてひときわ大きな墓石8基が整然と立ち並んでいる。荻野山中藩大久保家の歴代藩主の墓石列で、向って一番左が藩祖教寛の墓石である。
 教寛の墓石正面には、中央に法名の「虎山院武林崇勇大居士」、その左右には没年月日である「元文二丁巳年 十二月十七日」が刻まれている。台座から笠部頂上までの高さ2.3mを測る堂々とした墓石である。墓石正面には石製の花立てと水鉢が置かれている。水鉢には教寛の没年月日と「谷木(本か)文太夫英祝・山野内勝右衛門清武・斉藤佐太夫章傳」の名が刻まれている。3人は教寛の家臣と思われ、主君の墓前にこの水鉢を奉納したのであろう。また、石灯篭の笠部や台座もある。この石灯篭の胴の部分は隣の墓前に置かれているが、教寛の没年月日である「元文二丁巳年十二月十七日」と「横山□右衛門□應」を刻んでいる。この横山も家臣の一人であったと思われる。
 左から2番目は、五十六歳で没した二代藩主教端(のりまさ)の墓石。法名「真常院殿智性相空大居士」、没年月日「寛保二壬戌年(1742) 八月晦日」を刻む。
 3番目は、二十三歳で没した三代藩主教起(のりおき)の墓石。法名「高俊院殿仁栄義敦大居士」、没年月日「宝暦五乙亥年(1755) 二月八日」を刻む。
 5番目は、二十三歳で没した四代藩主教倫(のりみち)の墓石。法名「観達院殿本宋一相大居士」、没年月日「安永二癸巳年(1773) 五月九日」を刻む。
 6番目は、三十二歳で没した五代藩主教翅の墓石。法名「体全院殿宗岳光円大居士」、没年月日「寛政八丙辰年(1796) 七月九日」を刻む。
 7番目は、七十四歳で没した六代藩主教孝(のりたか)の墓石。法名「 徳院殿精実宗善大居士」、没年月日「安政七庚申年(1860) 正月晦日」を刻む。
 4番目と最も右手にある墓石は女性のものである。藩主の正室であろうと思われるが、詳しくわからない。
 この8基の墓石列の反対側、ちょうど藩祖教寛の墓石に正対する位置にある2つの墓石も女性のものである。法名「栄光院殿随教妙福大姉」を刻む墓石は、七代藩主教義(のりよし)の妻で、大正5年(1916)に没した福子のものである。その隣の法名「長慶院殿正順妙親大姉」を刻む墓石は、教義の二男教正の妻である親子の墓である。親子は肥前国蓮池藩の藩主であった鍋島直紀の娘で、明治初年頃に生れ、昭和15年(1940)にあたる紀元2600年、七十三歳で没したことが刻まれている。
 さて、歴代藩主の墓石が立ち並ぶ中で、ここには最後の藩主である七代教義の墓石は見当たらない。先の二男教正と孫になる教尚は明治期に宗旨を改め、他の墓所へ改葬されたという(『荻野山中藩』)。
 ところで、この細長い区画の墓所には38基の墓石があることを最初に述べたが、中には他家の墓石が含まれている。一つは「宇津氏」の墓石である。宇津家は教寛の弟の教信が氏祖とされる家である(『松下家文書』)。また、二代教端の弟で、分家した教平の孫にあたる教富ら分家の大久保家の墓石もある。全く無関係の家ではないが、明治期の南青山からの移転から90余年、これら他家の墓石が所在する経緯は、不詳となってしまった。
訂正=NO23では教翅の没年を天明8年としましたが、今号の寛政8年が正しく、訂正します)
 

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