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昭和30年の第16回全日本学生ハーモニカ器楽コンクール東日本大会は、麻溝小学校の優勝だけではなく重昭の教え子たちが大活躍した大会でもあった。 小学校独奏の部では麻溝小の6年生、福田茂子が課題曲の「旅愁」とベートーベンの「ト調メヌエット」を吹き2位入賞。中学校の部では麻溝小出身の小山陽子が相陽中学2年生で出場、課題曲の「庭の千草」とイタリア民謡の「帰れソレントへ」を吹いて2位入賞、寒川中学3年生の竹内 暉が同じく「庭の千草」とイヴァノフの「コーカサス風景より『村にて』」を吹いて3位入賞した。 高校独奏の部では湘南高校3年生になった甲賀一宏が、課題曲の「ハンガリア舞曲第6番」と技巧をこらしたヴィヴァルディの「ヴァイオリン協奏曲イ調第3楽章」で3位に。 合奏の部では、麻溝から転任した神崎象三先生率いる南大和小学校リード合奏団が初参加で「ドナウ河の漣」を演奏して5位と健闘、かつて面倒をみた新潟の長岡商業高校や新潟工業高校、新潟商業高校、新潟中央高校なども上位入賞を果したのだった。 さて、昭和30年もまもなく暮れようとする12月12日、器楽コンクール当日NHKに赴いて録音した演奏が、NHKの第二放送を通じて全国放送されることに決まった。西と東の合奏の優勝校同士が全国一を競うのだ。 |
その日は月曜日、麻溝小学校の先生たちはそわそわと落ち着かない朝の始業時間を迎えた。午後1時15分から2時30分まで放送される番組時間にあわせて、講堂にがっしりとした4脚の、大きなラジオをしつらえる。近くのラジオ屋さんにわけを話して借りてきたものだ。 昼食を終えた子どもたちは講堂に向かう。冷え冷えとした講堂の壇上には仰々しいほどの大型ラジオが鎮座する。子どもたちは麻溝小リード合奏団の成果をそれぞれの担任から知らされてはいたが、はなから関心などないとばかりにふざけあう者もいる。 一方、リード合奏団の子どもたちは、この間の録音がいったいどんなふうに電波に乗るのか不安な面持ちで、かじかんだ手のひらをこすってみたり、冷たくなった耳たぶを両手でこすったりしている。金井先生は幾分上気して、子どもたちの振る舞いをぼんやりと見やる。 全校の子どもたちが講堂に集まりきると、「それではこれからラジオを聴きます」。教頭の甲高い声に、ざわざわとしていた講堂も一瞬水を打ったような静けさが支配する。校長がこれまでの経緯と、いまから始まるラジオ番組について話し終えると再び子どもたちの頭が揺れて、あちこちでおしゃべりが始まる。 定刻、ラジオが器楽合奏コンクールの開始を告げる。「みんな、静かに!」再び教頭の声。金井先生は固唾を呑んで耳をそばだてる。西日本の代表校、島根県の大田小学校の演奏が始まる頃にはもう体中が火照っていた。そしていよいよ麻溝小の演奏が始まる。 すべての演奏が紹介され、審査の結果が発表される。 「審査の結果、全国優秀校は麻溝小学校に決定されました。また同時に文部大臣奨励賞も授与されます」 ラジオの声に講堂はどよめいた。これまでの人生で味わったことのない幸福な思いが金井先生の胸を駆け巡る。同僚も教頭も、校長もみな一様に顔をほころばせている。 全国優勝! 子どもたちも金井先生もそんな実感はないままに、ただ茫洋とした時間のなかに放り出されたような不思議な気分だった。 |
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