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全日本学生器楽コンクールの東日本大会小学校の部で優勝内定の報を受けた麻溝小学校リード合奏団を乗せたバスは一路、皇居のお堀端を通って新橋内幸町のNHK放送会館を目指す。NHKでの録音をもとに後日、東日本代表と西日本代表のあいだで全国一が決せられるのだ。 お堀の内側には深い緑色を湛えた松などの常緑樹のほかは冬枯れの寒々とした風景が続く。そんな車窓の風景に気を留めることなく、明大記念講堂からおよそ十数分で到着するまでの車中、子どもたちは互いに屈託のない笑みをうかべて大はしゃぎだった。 |
公式発表前の会場では公然と喜ぶわけにはいかず、他校の子どもたちの手前、金井先生からも「内緒だよ。そっと行くんだよ」と釘をさされてもいた。 バスが横付けした放送会館新館の一角には、内外の演奏家によるクラシック音楽の放送拠点として、ついこの間オープンしたばかりの630席のNHKホールもあった。 麻溝小の面々が向かったのは6階建ての放送会館のなかの101スタジオだった。音楽教室のおよそ2倍ほどもあろうか、ガラス越しには録音技師たちが機材をチェックしたりして動き回っている。子どもたちは初めて入る放送スタジオを珍しげにキョロキョロと見回す。金井先生も吸音材の張りめぐらされた天井やら壁やらを好奇の眼差しで見やった。 フロアーディレクターの「それではリハーサル行きます」の掛け声に、リード合奏団はついさっきコンクールで演奏したばかりの「ロザムンデ序曲」を演奏する。コンクールとはまた違う緊張感でたった1回のリハーサルを終えると、「それでは本番!」とディレクターの声がかかる。熱のこもった金井先生の指揮ぶりは明大記念講堂でのそれと寸分違わない。 早朝、校庭の霜柱を踏んで、麻溝をバスで発つときにはまさかNHKのスタジオで「ロザムンデ序曲」を演奏するなどとは思ってもみないことだった。 録音演奏のタクトを振り終えてようやく、ものすごいことを成し遂げたのだと金井先生は実感したが、半分は夢のようにも思われた。これまで培ったクラシック曲への造詣もさることながら、曲想や指揮法のポイントを重昭からしっかりと学べたことをいまさらのように感謝した。 スタジオを出ると、麻溝小の面々は再びバスに乗り込み、コンクール会場の明大記念講堂へと戻る。中学の部、高校の部、大学の部と終えていよいよ表彰式が始まる。自分たちの結果は知ってはいるものの、本当に優勝したのか名を呼ばれるまでは不安でもあった。 「小学校の部、第3位、静岡県三島西小学校。第2位、新潟県豊照小学校」 豊照小学校はかつて重昭が指導に赴いていた思い出深い学校だ。自分が蒔いた種がここまで成長したのだなと、重昭は誇らしく思った。 「第1位、神奈川県麻溝小学校」 ”全日本で優勝しよう “を合言葉に頑張ってきた一年、重昭は身震いするほどに嬉しかった。金井先生も、子どもたちもこぶしを握り締めてステージを見つめた。晴れがましい子どもたちの笑顔を見て、金井先生は目頭が思いっきり熱くなるのを感じる。 「やったんだね。本当にやったんだね」 手に手をとって、客席の暗がりで子どもたちは喜びあった。 |
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