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「みなさんは30人ですが、たった3人でもアンサンブルを楽しむことができるんです」 そう言って、重昭たち厚木ハーモニカトリオは楽器紹介を交えて演奏をする。それは確か昭和59年の厚木町子ども会のクリスマス会でのことだ。 厚木町子ども会は児童約30人がシングルハーモニカやクロマチック、ピアニカやビブラフォン、アコーディオンやピアノなどでリード合奏団をつくり、「東部ジュニアアンサンブル」として市民文化祭などにも出演していた。指導者は同じ町内会の重昭で、練習場所は婦人会館の音楽室などだった。 |
小学校4年生の井上初美や岩部道央子、小林希代江、一級上で5年の柳川優子、小学3年生の小田彩など、のちに「アザレア・クインテット」を結成するメンバーや「厚木チェリーズ」に加わることになる田川珠帆もみな小学校の低学年の頃からこのアンサンブルのなかにいた。 「このハーモニカはみなさんの背丈近くもある、世界で一番長いハーモニカです。穴が全部で192個、右から左へ行ったり来たりととっても忙しいハーモニカです。3人のなかで一番若く、力もあって上手な人しか吹くことができません」 大矢博文のユーモラスな口上があって、コードハーモニカの音を紹介する。つづく「どらえもん」や「鉄腕アトム」など子どもたちのよく知ってる曲の演奏に、柳川優子たちは目をきらきら輝かせて聴き入る。 「それでは『道化師のギャロップ』を演奏します」 「厚木ハーモニカトリオ」のお得意のレパートリーだ。平井武が吹くバスハーモニカの小気味いいリズムに乗せて、大矢がひょうきんで少し大げさなパフォーマンスでコードハーモニカを左へ右へと振る。子どもたちの間から笑いがもれたかと思うと、やがてため息ともつかぬ驚きの声にかわる。 「凄い! カッコいい!」 演奏が終わると、井上初美は思わず両手を挙げて拍手した。 岩部道央子も隣であんぐりと大口をあけて身を乗り出す。井上と岩部は顔を見合わせて、感動を共有した証とでもいうふうに、にっこりと笑みを交わした。 「あんなふうにハーモニカが吹きたいな」 ジュニアアンサンブルではピアニカを担当する井上だったが、しきりにハーモニカがやりたくなった。 「わたしもやりたい」 やはりピアニカ担当の岩部もすっかり興奮してハーモニカの魅力に惹きつけられたようだった。 クリスマス会のあと何日かして、井上と岩部は重昭宅を訪れた。 市民文化祭などに出演する岩間朱美たち「すみれジュニア」の演奏ぶりもなんとなく自分たちの目標のように感じられた。 「先生、わたしたちもハーモニカをやりたいんですが、教えていただけますか」 重昭はやさしい笑顔で二人を迎え入れ、 「そうか、教えてやるぞ。アンサンブルをやるならあと2、3人いるといいなあ」と言った。 早速、井上と岩部はシングルハーモニカ担当だった柳川と小田、そしてピアニカを吹いていた小林に声をかけた。 昭和60年2月、買ってもらったばかりの複音ハーモニカを柳川と小田が、コードハーモニカを岩部が、バスハーモニカを井上が、そしてアコーディオンを小林が担当することになって「アザレア・クインテット」は結成された。 柳川は初めて複音ハーモニカを吹いたとき、「なんてきれいな音色なんだろう」とうっとりした。 |
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