言葉と精神の離乳食★わらべうた    by  文・大熊進子/え・鈴木伸太朗

NO.15

赤とんぼ

え・鈴木伸太朗
 8月下旬はいつも合唱団のメンバーと恒例になっている合宿を行います。今年は台風にあいに来られて宿舎にずっと居る破目になりました。富士山もあまり見えず、モーターボートにも乗れないかなと思ったら帰る日に台風一過、素晴らしい天気の下でスピード感を楽しめました。非日常的なことを、どこかへ行ったらしなくてはならないというのが私の持論です。その場でしか経験できないことをやる。何しろ富士の見える湖畔で合宿をやるわけですからいつもならかなり散策が入りますが、今年は全て練習に当てられて、喜んだのは誰でしょう? 
  外へ出なかったお陰で季節感が感じられない日々でした。 赤とんぼはいたかなあ? 萩は咲いてたかなあ? 缶詰の気分が良くわかりました。
厚木市の下古沢では「とんぼ そこらで 虫やんで ねてろ」と歌いながら鳥もちをつけたり、くもの巣を竹の先につけてトンボとりをしたそうです。オニやんまかしら、シオカラトンボかしら?私は熊手でものすごく大きなオニやんまを取り、噛み付かれてからはトンボとりをやめました。 赤とんぼを取った覚えはありません。
 「夕焼け小焼けの赤とんぼ、負われてみたのは何時の日か  山の畑の桑の実を 小籠に摘んだは まぼろしか 十五でねえやは嫁に行き お里のたよりも たえはてた 夕焼け小焼けの 赤とんぼ とまっているよ 竿の先」
これは三木露風さんの詩に山田耕筰さんが曲をつけたもの。詩は大正10年ごろに書かれ、昭和2年に作曲され、昭和30年にひょんなことから有名になったらしい。詩人も作曲家も生活していくにはたいへんな仕事だと感心してしまいます。
いつもの年より早く、しかも猛烈に蝉が泣いているという人もいれば、いや、今年は蝉が少ないという人もいる。そういえば今年、家の近辺では蟋蟀があまり鳴かない。例年7月末には絶対鳴いてたのに……。
祖母は単に夏の終わりに蟋蟀が鳴きだすと「カタサセスソサセ」っていってるんだと教えてくれて、布団の打ち直しをしたり、どてらのほころびを繕っていました。厚木の猿が島では「チンチロリン チンチロリン 肩させすそさせ 寒さがくるど チンチロリン チンチロリン」と歌っていたようで、蟋蟀が鳴きだしたら冬物の綴れを直しだすという節目のようなものがあったのでしょう。祖母の教えに節(メロデイー)はついていませんでしたが祖母のやっていることを見て「アア、肩させすそさせは刺すんだな」とわかりました。刺すって縫うってことでしょ、チクチクやって刺し子の布巾を作ったりしません?
 江戸の火消しの制服はそれはそれは見事な刺し子です。水を含んだら、ちょっとやそっとでは火がつかないようになっていたのかしらね。いってみれば雑巾だって刺したんです。でもすでに十数年前でもこの歌を歌うと若い保育士さんたちの中には「カタサセスソサセ」と命令形になっているにもかかわらず、寒さが肩や裾を刺すんだと思い込んでいる人たちが居ました。繕い物、ツギを当てる、こんなことがもう極々少なくなっているんでしょうね。ツギがいっぱい当たったシャツなんてあったかかったし、ツギの当たった靴下をはいてる人を見ると「ああ、母さんの愛情が針の分だけあるんだな」と思ったりしました。
 そういえば台風も二百十日あたりに来るものと相場が決まっていたようです。小学生の頃、8月31日当たりに猛烈な台風が来て、たまっている宿題をやっていたら停電になって、べそをかいて……、結局その年は宿題も出せず、母には叱られ、これって天災。

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